「前例がない」は「やってはいけない」こと? 事例探しの迷路で立ち止まってしまった時の考え方

「企画はすごく良いと思う。でも、他社はどうやっているか事例を探してくれない?」

クライアントとの打ち合わせで、この言葉が出た瞬間に背筋が伸びることがあります。 制作担当としては「よし、事例を集めて裏付けを固めよう」と意気込んでオフィスに戻り、早速リサーチを開始します。

しかし、検索窓にキーワードを打ち込み、Pinterestを巡回し、業界紙をめくっても、出てくる答えは「なし」。 似たような事例が、まったく見つからないのです。

そんな時、モニターの前でふと不安がよぎります。
「事例がないということは、この企画自体が間違っているのだろうか?」
「見当違いな方向へ進もうとしているのではないか?」

今回は、そんな「検索結果0件」という状況で立ち止まってしまった時、どうやって気持ちを切り替え、前に進むかについて考えてみます。


「事例がない」には2つの理由がある

一生懸命探しても事例が見つからない時、理由は大きく分けて2つしかありません。

  1. 過去に誰かがやってみて、大失敗したから(=地雷原)。
  2. 業界の慣習や思い込みがあり、まだ誰も手をつけていないから(=未開拓地)。

私たちはつい失敗を恐れて「1」だと思い込みがちです。しかし、実は「2」であるケースも往々にしてあります。

特に、信頼や格式を重んじる「お堅い業界」ほど、この傾向は顕著です。

「この業界では、そういう軽い見せ方はしないから」 「昔からこう決まっているから」 そういった見えないバイアスが、新しいアプローチを遠ざけているだけかもしれません。


異業種の「当たり前」を参考にする

私たちが今回、直面しているのもまさにこの状況です。

提案しようとしているのは、ある業界では「非常識」とされるかもしれないアプローチです。しかし、視点を少しズラして「別の業界」を見てみると、それはごく当たり前に使われている手法でした。

例えば、スーパーマーケットやECサイトでは「初回特典」や「お試し」は日常茶飯事です。顧客の心理的ハードルを下げ、最初の一歩を踏み出してもらうための「親切な設計」として機能しています。

では、それを「信頼が第一」とされる業界に持ち込んだらどうなるでしょうか。 「安売り」に見えるでしょうか?

私たちとしては、見せ方さえ間違えなければ、「敷居が高くて相談しづらい」と感じている顧客にとって、これ以上ない「安心材料(ドアノブ)」になると考えています。

「同業他社の事例」はありませんが「人間の心理に基づいた成功事例」は他業界に山ほどあります。ここに、現状を打破するヒントがあるのかもしれないと感じています。


心配性のクライアントにどう伝えるか

とはいえ、クライアントが事例を求めるのは「失敗したくない」という心理の表れです。 いくら「新しいことです!やりましょう!」と熱弁しても、不安を取り除くことはできません。

そこで大切になるのが、「翻訳」して伝えることです。

「同業他社で事例はありません」と正直に伝えた上で、こう続けます。

「ですが、〇〇業界や△△業界では、すでにスタンダードな手法として定着しています。これはリスクのある実験ではなく、他分野で実証済みの方法を、御社の業界に合わせて『輸入』する堅実な一手だと考えています」

事例がないことを「不安要素」ではなく、「まだ誰もやっていないことに挑戦するチャンス」として捉え直してもらうのです。

「他社がやっていないからこそ、今やる意味がある」

使い古された言葉かもしれませんが、リサーチを徹底し、他業界の成功ロジックという裏付けを持って語れば、きっと納得してもらえるのではないでしょうか。


荒野へ進む迷いと、その先

検索結果が「0件」でも、それは「不可能」という意味ではありません。単に「まだ誰もやっていない」というだけのことです。

もちろん、前例のない道を進むには迷いも生じます。提案を受け入れるクライアントには、もっと勇気がいるでしょう。

だからこそ、制作サイドはロジックで不安を少しでも減らし、隣で一緒に考える姿勢が必要なのだと思います。

もし、リサーチをしていて何も見つからなかったら。 それは絶望ではなく、誰もいないブルーオーシャンの入り口に立っている合図かもしれません。